
■遊泳助手のなり手が少ない!
近年、游泳助手の人数不足が深刻な問題になっています。理由は、そもそも志願する卒業生が少く、さらに、途中で辞めてしまう人も少なくないからです。区立になってからは生徒数が約半分です。今後希望者の確保はますます難しくなります。
「游泳助手は辛くて、厳しくて、大変そう」だと多くの人は感じていると思います。事実、学生生活(勉強、アルバイト、サークル、部活、就活等)の中に至大荘を組み込むのは、非常に難しいことです。
まず、物理的(時間的)に辛い。游泳助手には練習があり、5月から約3か月間、毎週日曜に九段高校の地下プールで行われています。さらに本番期間が大学の期末試験と重なってしまい、大きな負担となっています。
そして、精神的に辛い。助手1年目は、3か月という短い期間で、生徒の前に立てるようになるために、初回から厳しい指導を受けます。私にとっては当時、厳しいを通り越して恐怖でした。2年目になれば「助手の育成」の仕事に悪戦苦闘し、下からも上からもプレッシャーを感じて板挟み状態に。3年目は、生徒と関わりながらも助手集団をまとめる役割に、頭を悩ませます。4年目ともなると学校の方々との関わりも増え、今後は「至大荘の継続」という問題に取り組まなければなりません。
辛い点を挙げればキリがありませんが、最も辛いことは、至大荘行事がなくなってしまうのでは、という不安感です。
至大荘での5日間を通して游泳助手が生徒たちに伝えている事は、助手達が生徒時代に、游泳だけでなく九段での生活を通し学んだ九段の伝統そのものです。助手が足りない、至大荘行事ができない…4年間の中で、今年ほど強くそう思ったことはありませんでした。
■助手は、感動と成長をもらう
これほど負担が大きいにも関わらずなぜ游泳助手を続けるのか。それは「辛く、厳しく、大変」の後に「楽しく、やりがいがあり、くせになる」からです。
助手1年目で感じた「くせになる」原因は、生徒でした。初めて至大荘に足を踏み入れた生徒たちの表情や態度が、日ごとに変わっていく。その成長を一番近くで見られ、関われたことが、この上ない喜びになりました。そして、生徒と共に自分も成長したこと。
2年目、助手同士の語らいに「楽しさ」を感じました。助手のイメージ、怖い、かっこいい、厳しい、面白い。生徒の感じ方はそれぞれだと思いますが、おそらく全員が「熱さ」を感じたはずです。それは游泳助手同士のぶつかり合いから生まれます。
生徒にとって良い至大荘とは?そのためには助手は何をすべき?游泳助手が2人以上集まれば、お酒片手に熱い議論が始まります。自分の考えを率直に伝え、同意も批判も思いっきり、喧嘩になる事もあれば、涙を流す事も。「生徒に伝えるために、まず游泳助手が全力」。そうしてつくられてきた空間を共有できる仲間がいる事が、私が4年間至大荘を離れられなかった大きな理由です。
3年目で後輩の育成に「やりがい」を見出しました。新卒にとって練習を「恐怖の時間」にしない、且つ内容の濃いものにするために何ができるか。生徒に至大荘を伝える事以上に難しい仕事でしたが、本番期間を終えた後の、新卒の達成感に溢れた表情を見て、私自身も満たされました。
一人でも、助手をやりたい、至大荘を伝えたい、という後輩がいれば、サポートしよう。そう心に決めて迎えた4年目。無事に至大荘を終え、今はほっとしています。そして今年学んだこと。游泳助手が少なくなっても、出来る形を探して続けていけばいい。
■至大荘が続くことを信じて
「至大荘を通して、真の九段生となる」と言われるように、至大荘行事は今でも九段生にとって非常に大きな意味をもっています。それは今後も変わりません。
至大荘は80年の間に大きく形をかえてきました。最長20日間あったものが5日間になり、飛び込みも無くなりました。さらに游泳訓練の内容は、天候によっても、泳力によっても大きく違います。だからといって、九段生としての「至大荘」に差があったでしょうか。
至大荘の「形」はあくまで「器」でしかなく、「中身」は以前と変わらない海と生徒と助手のぶつかりあいです。以前と変わらぬ至大至剛の精神を受け継ぎ、後輩に伝えるために皆が全力を尽くしています。
「変化」は怖いものです。それでも信念を持って決断していけば、至大荘行事が今後どのように変わっても、今までのように「真の九段生」の育成の場であり続けると確信しています。
(平成20年度観海亭亭長 中村あつ子(高57))