
好きな抽象画描き続け・・・
昭和45年から平成2年までの20年間、母校九段で美術科の教諭として教鞭をお執りになった大村連先生が平成16年12月にご逝去なさいました。
■高校生の時の教え「人間、死ぬときはあっけないもんだ。だから、好きなことをやれ」
大村先生は、広島の旧制中学時代に被爆しました。たまたま屋内にいたので、生き残ることができたそうです。そして「いつ原爆病が発病するかは誰にも分からない」という不安と戦いながら、生き抜いてきました。
この教えの通り、自分は九段祭実行委員長をやって、九段新聞の原稿を書いてみました。
■大学生の時の教え「好きなことをやることと、生活していくこと、この2つを両立させろ」
大村先生は、抽象画の画家でした。風景画ならまだしも抽象画では絶対に食べていけないので、高校の美術の先生になったそうです。途中で絵筆を折る者が多い中、大村先生は絵を描き続けました。
この教えの通り、自分はイベントと広告の制作プロダクションに就職しました。
■社会人になってからの教え「毎日悔いがないように生きてきたから、俺はもう、いつ死んでもかまわない」
大村先生は、糖尿病を患ったものの、食事に気を配り週に1回水泳に励むなどして、とてもお元気そうでした。しかしその後、肝臓を悪くしました。受診したときはすでに肝機能がまったく働いていない状態だったそうです。
この教えは、なかなか全うできません。毎日、後悔を重ねております。いつかはこのような心境に達することができるように、努力を続けていきたいと思います。
大村先生には、生き方だけでなく、死に方も教えていただきました。自分も大村先生のように、好きなことをやり続け、最後は桜の花のように散っていきたいと思います。合掌。
(高29・則竹信二)