
7月29日、急性骨髄性白血病で逝去。享年81。九段卒業後は京大〜東大大学院と進み、大学院時代は当時の星校長の要請で、母校で世界史と英語の先生を務めました。結局、昭和24〜31年まで8年間お教えいただき、この間に先生は光枝様(高4)を射止めました。
日本最後の徴兵検査は大正15年12月1日生まれまで。先生はまさにその日の誕生で初年兵となり、広島原爆投下の日から、被害救援のために爆心地で3日間働かれたのです。
『語学者の散歩道』『食卓の賢人たち』など数々の著書、訳書を残され、幾多の大学で西洋古典学を教え、筑波大学名誉教授で退官。その後もプルタルコスの『英雄伝』全6巻の改訳に寸暇を惜しんで取り組まれていました。まさに60数年の潜伏期間を経ての原爆症発症です。
ライフワークとなられた『英雄伝』は70%まで注釈を終えて後続に引き継がれ、力尽きたとのこと。ご遺族から母校に、沢山の著書のご寄贈をいただきました。
心からご冥福をお祈り致します。