最終更新日:2009年06月23日

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平成21年5月18日
卒業生各位 平成20年度
東京都立九段高等学校長
山崎 正巳
東京都立九段高等学校における生徒指導要録の誤廃棄及び説明会の実施について
東京都立九段高等学校も、第一東京市立中学から続く、85年の歴史に終止符を打ち、去る平成21年3月14日(土)、最後の学年の卒業式、閉校式典、及び感謝の集いを実施させていただきました。
ご参加いただきました卒業生の皆様に御礼申し上げるとともに、ご参加いただけなかった皆様に改めましてご報告申し上げます。
さて、5月1日(金)の新聞報道等ですでに御承知のことと存じますが、閉校に向けて学籍簿等の確認・整理を行なっていた際、下記の生徒指導要録の所在が不明であることが判明致しました。
東京都教育委員会とも連絡を取りながら、詳細にわたって調査してまいりました結果保存期限を過ぎた生徒指導要録を廃棄する際、誤廃棄したものと確認いたしました。
ここで改めまして、関係卒業生の皆様に深くお詫び申し上げます。
誤廃棄した生徒指導要録につきましては、可能な限り復元を実施いたします。また、この影響につきましては、留学や資格取得の際、単位修得証明書が必要となり、この作成段階で一部記入できないことが考えられます。しかし、誤廃棄した生徒指導要録が平成7年度から平成9年度の卒業生の方のものであり、卒業から年月が経過しておりますので、その必要度は極めて低く、大きな影響はないものと思われます。
申請がありましたときは、再度作成した生徒指導要録に基づき必要書類を作成するとともに、記入できない部分が生じた際は、その経緯を証明書提出先に伝え、当該卒業生が不利にならないよう対応いたします。
卒業生の皆様には、ご心配とご迷惑をおかけしましたことを、重ねてお詫び申し上げます。
また、下記において説明会を実施いたしますので、ご参集いただければ幸いです。
記
1.当該卒業学年及び誤廃棄生徒指導要録等
平成7年度卒業生<全7クラス>(旧様式) 7クラス7冊 285人分
平成8年度卒業生<全7クラス>(様式1) 7クラス7冊 292人分
平成9年度卒業生<全7クラス>(様式1) 7クラス7冊 290人分
合計 21クラス21冊 867人分
2.説明会実施年月日
(1)実施日時 平成21年5月31日(日) 午後2時から
(2)実施場所 千代田区九段中等教育学校 多目的ホール
(旧東京都立九段高学校)
連絡先
平成20年度 副校長 照井 千秋
電話 03-3631-1815(都立両国高校内)
都立九段高等学校は、今春3月、現3年生の卒業をもって閉校となります。大正13年創立以来、第一東京市立中学校、東京都立九段中学校、東京都立九段高等学校と変遷を遂げ、卒業生2万4千余名を世に送り出してきた85年の歴史に新たな区切りをつける時がついに来ました。
今後は、校舎などの建物施設、九段の建学精神・伝統といったソフトの部分もすべて、中高一貫校の「千代田区立九段中等教育学校」に受け継がれていきます。
この歴史の区切りに、学校・菊友会・PTAが共催して、都立九段高校への「感謝の集い」を実施いたします。恩師、卒業生、保護者など「九段」に縁を結ぶ者が一堂に会し、85年の歴史に思いを馳せ、懐かしい青春時代を、九段ロマンを、語り合おうではありませんか。同期の方々、クラブのお仲間等お誘い合せの上、ぜひご参加ください。
【感謝の集い】
会費:8000円
日時: 平成21年3月14日(土)
午後2時30分〜4時30分
場所: ホテルメトロポリタンエドモント
(飯田橋)
【校舎見学会】
また菊友会は独自に、3月14日、午後1時から1時間程度、九段高校と新しく建設された九段中等教育学校の見学会を予定しています。会場に足を運ばれる前に、我が学び舎を見学されてはいかがでしょうか。菊友会員の寄贈図書コーナーもぜひご覧ください。九段高校玄関にて、お待ちいたします。
【記念誌出版】
記念誌も出版に向けて着々と進行しています。85年にわたる九段の写真入り年表(沿革)を中心に、菊友会員の座談会、至大荘や尽性園でのクロスカントリーの思い出など、全200ページほどの予定です。成田校長の生涯、一中時代の教育、若い卒業生の思い出、先生方のご指導、知らなかった九段がきっとここにあります。九段の歴史を知り、教育の根本を知る、貴重な一冊になるはずです。ぜひお手元に置いていただきたいと思います。(菊友会頒価3000円)
「感謝の集い」「校舎見学会」への出席、「記念誌」の購入は、本紙に同封のハガキにて(締切1月末日)お申し込みください。ご参加・ご購入の方には、後日詳細をご案内いたします。
■遊泳助手のなり手が少ない!
近年、游泳助手の人数不足が深刻な問題になっています。理由は、そもそも志願する卒業生が少く、さらに、途中で辞めてしまう人も少なくないからです。区立になってからは生徒数が約半分です。今後希望者の確保はますます難しくなります。
「游泳助手は辛くて、厳しくて、大変そう」だと多くの人は感じていると思います。事実、学生生活(勉強、アルバイト、サークル、部活、就活等)の中に至大荘を組み込むのは、非常に難しいことです。
まず、物理的(時間的)に辛い。游泳助手には練習があり、5月から約3か月間、毎週日曜に九段高校の地下プールで行われています。さらに本番期間が大学の期末試験と重なってしまい、大きな負担となっています。
そして、精神的に辛い。助手1年目は、3か月という短い期間で、生徒の前に立てるようになるために、初回から厳しい指導を受けます。私にとっては当時、厳しいを通り越して恐怖でした。2年目になれば「助手の育成」の仕事に悪戦苦闘し、下からも上からもプレッシャーを感じて板挟み状態に。3年目は、生徒と関わりながらも助手集団をまとめる役割に、頭を悩ませます。4年目ともなると学校の方々との関わりも増え、今後は「至大荘の継続」という問題に取り組まなければなりません。
辛い点を挙げればキリがありませんが、最も辛いことは、至大荘行事がなくなってしまうのでは、という不安感です。
至大荘での5日間を通して游泳助手が生徒たちに伝えている事は、助手達が生徒時代に、游泳だけでなく九段での生活を通し学んだ九段の伝統そのものです。助手が足りない、至大荘行事ができない…4年間の中で、今年ほど強くそう思ったことはありませんでした。
■助手は、感動と成長をもらう
これほど負担が大きいにも関わらずなぜ游泳助手を続けるのか。それは「辛く、厳しく、大変」の後に「楽しく、やりがいがあり、くせになる」からです。
助手1年目で感じた「くせになる」原因は、生徒でした。初めて至大荘に足を踏み入れた生徒たちの表情や態度が、日ごとに変わっていく。その成長を一番近くで見られ、関われたことが、この上ない喜びになりました。そして、生徒と共に自分も成長したこと。
2年目、助手同士の語らいに「楽しさ」を感じました。助手のイメージ、怖い、かっこいい、厳しい、面白い。生徒の感じ方はそれぞれだと思いますが、おそらく全員が「熱さ」を感じたはずです。それは游泳助手同士のぶつかり合いから生まれます。
生徒にとって良い至大荘とは?そのためには助手は何をすべき?游泳助手が2人以上集まれば、お酒片手に熱い議論が始まります。自分の考えを率直に伝え、同意も批判も思いっきり、喧嘩になる事もあれば、涙を流す事も。「生徒に伝えるために、まず游泳助手が全力」。そうしてつくられてきた空間を共有できる仲間がいる事が、私が4年間至大荘を離れられなかった大きな理由です。
3年目で後輩の育成に「やりがい」を見出しました。新卒にとって練習を「恐怖の時間」にしない、且つ内容の濃いものにするために何ができるか。生徒に至大荘を伝える事以上に難しい仕事でしたが、本番期間を終えた後の、新卒の達成感に溢れた表情を見て、私自身も満たされました。
一人でも、助手をやりたい、至大荘を伝えたい、という後輩がいれば、サポートしよう。そう心に決めて迎えた4年目。無事に至大荘を終え、今はほっとしています。そして今年学んだこと。游泳助手が少なくなっても、出来る形を探して続けていけばいい。
■至大荘が続くことを信じて
「至大荘を通して、真の九段生となる」と言われるように、至大荘行事は今でも九段生にとって非常に大きな意味をもっています。それは今後も変わりません。
至大荘は80年の間に大きく形をかえてきました。最長20日間あったものが5日間になり、飛び込みも無くなりました。さらに游泳訓練の内容は、天候によっても、泳力によっても大きく違います。だからといって、九段生としての「至大荘」に差があったでしょうか。
至大荘の「形」はあくまで「器」でしかなく、「中身」は以前と変わらない海と生徒と助手のぶつかりあいです。以前と変わらぬ至大至剛の精神を受け継ぎ、後輩に伝えるために皆が全力を尽くしています。
「変化」は怖いものです。それでも信念を持って決断していけば、至大荘行事が今後どのように変わっても、今までのように「真の九段生」の育成の場であり続けると確信しています。
(平成20年度観海亭亭長 中村あつ子(高57))
6月18日、菊友会は中等1年生を対象に「伝統継承ホームルーム」を実施しました。毎年ホームルームの45分間を使って行うこの行事も今回で3回目。講師を務めた先輩達は、一中創立の時代背景、旧校舎や校歌、制服、至大荘や尽性園のことなど、第一たれの精神のもと、知育・徳育・体育に優れた真のエリート教育を目指してきた九段の誇りと伝統を語りました。至大荘の飛び込みのスライド場面では、「僕達もやりたい!」。
母校の良き伝統を懸命に伝えようと熱の入る講師陣ですが、後輩達には時に眠くなる場面も。しかし半世紀もの年齢差を超え、この場この時を共に過ごせることこそが「伝統」の証し。「伝統はお金では買えない、にわかにも創れない。卒業してみると九段ほど強い伝統の絆をもつ学校はとても少ないことが分かってくる」と講師が締めると、「先輩と一緒に校歌を歌いたいです」と、うれしい気遣いをいただきました。
講師は、大西、岡川、馬渕、山崎、中野、赤司、岩城、長の理事8人が務めました。
硬式野球部が、08年夏の甲子園を目指す大会で大活躍した。第90回全国高校野球選手権の東東京大会。都立と区立の連合チームは、1、2回戦を勝ち抜き、3回戦へ進出。相手は甲子園常連の修徳。神宮球場の一塁側応援席にはブラスバンド、中等野球部、若林教育長、2人の校長、生徒、保護者、OBら多数が駆け付け声援を送った。
そんな中、九段ナインは大健闘。7回に先行された2点を、8回には3安打を集中させて同点に。最後はサヨナラ負けを喫したが、健闘をたたえる拍手は鳴りやまなかった。大会には20選手がベンチ入りできるが、九段はわずか15人で、3年生部員は2人だけ。その最後の都立九段生のエース渡部雄也君、主将の荒木憂樹君がチームを引っ張り、実にさわやかに散った。
(佐々木紘一・高14)
九段在学中に実父・一平氏が大蔵省から政界へと転じた金子君は、「当時は家中がバタバタしていて大学受験どころではなかった」と振り返る。一平氏は蔵相など2度の入閣歴を誇るが、金子君も小泉内閣での行革担当相に続き、9月29日に麻生内閣の国交相となり、亡父と肩を並べた。
「岐阜高山の選挙区を回っている時に首相から連絡を受けて、大急ぎで首相官邸に飛び込んだ。頑張るよ」と、当夜に張り切った声で電話をくれた。金子君は慶大経済学部、旧日本長期信用銀行出身。建設、財政、金融、税制面に強いので、道路特定財源の一般財源化の調整にはまさしく適材の起用と称せよう。
「還暦を過ぎると不思議に九段高の青春時代が懐かしく思い出される」と彼は言う。多忙の中、最近は同窓の集いにも積極的に参加するように腐心している。
持ち前の明朗さで先輩後輩議員からも厚い信頼を受けている彼に、今回の再入閣をバネにしての一層の飛躍を期待したい。
(浅川博志・政治評論家・級友)
10月10日、生徒に自らの将来を考える機会創出の一環として中等教育学校が行うキャリア講演会で講演しました。テーマは「海を持つ惑星の出来る条件」。
阿部氏の専門は宇宙惑星学。東大大学院地球物理学博士課程を経て、現在は名古屋大学水圏科学研究所で水惑星の研究、特に海の形成と維持に関わる問題についての考察を深めています。
地球のように海を持つ惑星を「水惑星」と呼びますが、水惑星の出来る条件は、(1)惑星の表面に適量、液状のH20があって、(2)かつ太陽からの距離が適正であること。生命を育むこうした好適な環境を持つ天体は無数にあるのでは? 生徒達には未知の世界への謎掛けが続きます。
阿部氏自身は、中2の時、学校からの推薦で偶然に理科教育センターに行き、九段では天文部で外ノ池先生の教えを受けた事がこの道に進んだ契機になったとのこと。生徒には、専門分野だけでなく幅広い事象に興味を持つことが物事を考えるに当たっても有益と話されました。
12月6日、九段高校が実施しているオープン講座で、プロスキーヤー・三浦氏が健康法を語りました。チョモランマに登る目標・食事・運動の調和が76歳の人生を健康にしていると強調。前向きに生きる人のオーラに、みな納得でした。
九段高校図書室「卒業生の著作品コーナー」に、新たに次の31冊が加わりました。これまでの寄贈総数は150冊です。
ご寄贈に心からお礼申し上げます。(敬称略)
川添 登(中16)
東京の原風景 都市と田園との交流/今和次郎 その考現学(以上・ちくま学芸文庫)/都市の歴史とくらし(ドメス出版)/「木の文明」の成立 上・下(NHKブックス)/伊勢神宮 森と平和の神殿(筑摩書房)
柳沼重剛(中16)
語学者の散歩道/地中海を彩った人たち(以上・岩波現代文庫)/古典にみる人物像/ギリシャ・ローマ名言集/饒舌について他5篇プルタルコス著(以上・岩波文庫)
青木匡光(高4)
青木流人づあいの極意―素直に笑顔で喜ぶ人を人は歓迎する(KKロングセラーズ)
津山 正(高6)
「飛鳥」よ、ありがとう!その航跡をふりかえって(海事プレス社)
中西 繁(高17)
中西繁作品集 漂流都市(中西繁展実行委員会)/作品集 捨てられた街/哀愁のパリU(以上・一枚の繪)/連載小説「湾の篝火」挿画集(中西繁アトリエ)/油彩画プロの裏ワザ/油彩画超入門 光と影を描く 油彩画プロの裏ワザ(以上・講談社)
長谷川 明(高4)
美しき半流国電 40・51系電車(ネコ・パブリッシング)/首都圏の国電戦後の発展史(グランプリ出版)
藤田一成(高9)
皇帝カルロスの悲劇 ハプスブルク帝国の継承(平凡社選書)
小川文正(高12)
黄金色に輝く龍 天空にかけ昇る―ベトナムの歴史
高山正之(高12)
「モンスター新聞」が日本を滅ぼす メディア閻魔帳(PHP)/日本人が勇気と自信を持つ本 朝日新聞の報道を正せば明るくなる(テーミス)/スーチー女史は善人か/ジョージ・ブッシュが日本を救った/サダム・フセインは偉かった(以上・新潮社)
林 壌(勝久)(高13)
詩集 どこまでも青い空(待望社)
相原 學(高39)
寄贈 日本赤十字社創立130周年記念誌/同学園案内(日本赤十字社)
菊友会は、卒業生やOB会の著作品を母校に寄贈し、図書室に保管・閲覧、永く保存していただく事業を行っています。お手持ちの関係図書をご寄贈ください。古い本も大歓迎です。
7月29日、急性骨髄性白血病で逝去。享年81。九段卒業後は京大〜東大大学院と進み、大学院時代は当時の星校長の要請で、母校で世界史と英語の先生を務めました。結局、昭和24〜31年まで8年間お教えいただき、この間に先生は光枝様(高4)を射止めました。
日本最後の徴兵検査は大正15年12月1日生まれまで。先生はまさにその日の誕生で初年兵となり、広島原爆投下の日から、被害救援のために爆心地で3日間働かれたのです。
『語学者の散歩道』『食卓の賢人たち』など数々の著書、訳書を残され、幾多の大学で西洋古典学を教え、筑波大学名誉教授で退官。その後もプルタルコスの『英雄伝』全6巻の改訳に寸暇を惜しんで取り組まれていました。まさに60数年の潜伏期間を経ての原爆症発症です。
ライフワークとなられた『英雄伝』は70%まで注釈を終えて後続に引き継がれ、力尽きたとのこと。ご遺族から母校に、沢山の著書のご寄贈をいただきました。
心からご冥福をお祈り致します。
昭和23年〜38年4月(漢文)根は優しいが規律に煩い堅物先生として漢文を教えられ、その後小岩高校、一橋中学校等を歴任、昭和63年千代田区教育委員会教育長を最後に退任されていましたが、10月2日急性肝機能不全により亡くなられました。
菊友会大会にも平成18年まで毎回ご出席、我々のクラス会にも毎年ご出席を賜り、近年は、前年に詠まれた「歌日記抄」をいただけるのが楽しみでした。平成18年4月には都庁を仰ぐ中央公園での早朝ラジオ体操「五千回達成記念集」もいただきました。その後5285回まで記録を伸ばされましたが、20年2月転倒により脳挫傷を患い入院加療。今年のクラス会は先生の回復を祈念し、クラス会写真と参加者の肉声を届けるべく準備を進めていましたが、11月15日のクラス会(28名参加)は先生を「偲ぶ会」となりました。心よりご冥福をお祈りいたします。
(高15 3年7組生一同)
■東京 平成21年2月16〜21日
文藝春秋画廊(銀座5-5-12 電話03-3571-6493)「哀愁のパリ」展と題し、モンパルナスを拠点に制作した新作56点を展覧。オープニングレセプションは16日(月)18時から、ギャラリートークは21日(土)14時から。
■大阪 平成21年3月23〜28日
大阪府立現代美術センター(06-4790-8520)B室「棄てられた街」展では、人類負の遺産としての廃墟シリーズを、対比的にA室では「LAND SCAPE」と題し、世界の素晴らし景観を展示します。ギャラリートークは26日(木)16時から。
平成20年7月1日、瑞宝双光章叙勲。農学博士。農林省・農事試験場に勤務。サツマイモの研究に取り組まれ、紅あずまを世に出されました。
平成20年4月29日、長年にわたる教育功労により瑞宝小綬章を受賞。千葉県教育委員会指導主事から県立館山高校、君津商業高校で校長を歴任、退任後も明治大学で講師を務められました。
卒業35周年同期会を開催することになりました。
25周年、30周年に続き3回目の同期会です。
■日時: 11月2日(日)15時〜18時
■場所: サンケイプラザ4階
千代田区大手町1-7-2
http://www.s-plaza.com
浪岡 亨(高25回)
お問い合わせは、菊友会事務局まで
本年度は、都立九段高校最後の年度となり、閉校の記念行事も予定されています。
卒業生としてできる限りのバックアップをしようではありませんか。
皆さん、会費納入にご協力ください。同封の郵便振替用紙をお使いいただくと、送料はかかりません。
5月17日(土)、第61回九段高校体育祭・第3回九段中等教育学校体育大会が本校グランドで開催されました。
本年度は九段高校が3年生のみとなったこと、また昨年の高校の体育祭を見学した九段中等の生徒たちが、「自分たちもぜひ参加してみたい」と意思表示したところから最初にして最後の合同体育祭が行われることになったとのことです。
生徒たちは、紫色のしゅんれい団(しゅんは風偏に惷、れいは彪)とオレンジ色のらんじゅ団(らんは爛、じゅは威)の2団に分かれ、九段中等の1年から3年までは体操着、九段高校3年生と九段中等の4・5年生はそれぞれの団の色のTシャツという姿でプログラムに参加しました。
学年が増えたので各学年の種目は少なくなりましたが、その分、団の応援は熱気を帯び、初めはかしこまっていた中等の1、2年生も高校3年生の面倒見の良さから、徐々に緊張も解け声を張り上げて熱心に応援を始め、高校・中等の生徒たちが自然と一体になっていくのが分かりました。
結果はしゅんれい団が競技部門で受賞、らんじゅ団が応援部門で受賞と、仲良く引き分けとなりました。
最後に登壇した高校3年生の男子は「最初で最後の合同体育祭・体育大会ということで、僕たちは九段高校の伝統を九段中等教育学校に継承するため、一生懸命に体育祭に取り組んできました。九段中等の生徒たちも良くついてきてくれました」と話しました。「最初で最後」だから何とか自分たちの体育祭を後輩に伝えたいという思いの強さが伝わってきました。
これを受け、中等学校の高木校長先生は「伝統の継承を念頭において行動してくれた高校3年生に感謝したい」、また九段高校の山崎校長先生からは「中等教育学校はこれからも新しい伝統を作り出して欲しい」という挨拶があり、合同体育祭・体育大会は終わりを告げました。
後日談になりますが、この合同体育祭・体育大会は九段中等の父母にも大変好評で高木校長の下には九段中等の父母から賞賛のメールが数多く寄せられたということでした。
(長 繁樹)
九段中等教育学校第3回目の入学・始業式は4月7日(月)午後2時から、九段高校体育館で挙行されました。難関の門を潜り、晴れてこの日を迎えた160人(男子71・女子89)は、12 歳のあどけなさを残しながらも堂々と胸を張って式場に入場し、保護者や先輩らの温かい拍手に迎えられました。早くも恒例となった入学式での「校長からの宿題」は、今年は「なぜ今の時代、江戸を振り返るのか」。中々の難題かと思いますが、新入生にざわめきもなく、頼もしさの片鱗を伺わせました。
3月7日、高60回生277人の卒業式が九段高校体育館で行われ、高橋直人理事長(高14)、松田史朗(高10)、赤司久雄(高15)両副理事長の菊友会役員3人が参列しました。卒業生には、前日に菊友会の役割や活動について説明を行い、当日は卒業を祝って菊友会からフォトスタンドを贈呈しました。

写真のように鏡を使って紋章の一部を映し、元の模様と同じになるものを見つけます。
(1)鏡1枚を使って元と同じになる模様はどれですか。
(2)鏡2枚を使って元と同じになる模様はどれですか。

適性検査を解く時間は全部で90分。この問題を解く時間配分は1分くらい。
適性検査は、壁面緑化の観察記録からの考察を筆記回答、東海道53次の浮世絵から江戸時代の旅の感想とそのように考えた理由を2通り書く等々、筆記回答が続きます。思考力の柔軟性、多様性、科学する目線が求められています。
同期会で初恋の女生徒に会えなかった「僕」。名簿の彼女は旧姓のまま。思い切って自宅を訪ねると…。多少の夢想は皆ありました。購読は下記アドレスで。
http://www.ten-books.jp/article.php?id=402
法人九段は、公益性と透明性を高めるために総務省の定めるガイドラインに沿ってホームページを開設することになりました。
URLは下記になります。
菊友会は、卒業生やOB会の著作品を母校に寄贈し、図書室に保管・閲覧、永く保存していただく事業を行っています。お手持ちの関係図書をご寄贈ください。古い本も大歓迎です。
個性ある九段の図書室の創造にぜひご協力ください。
九段高校図書室「卒業生の著作品コーナー」に、新たに5冊が加わりました。ご寄贈に心からお礼申し上げます。(敬称略)
九段卒後、イギリスで写真を学び、1966年、ポップカルチャー華やかな時代のロンドンにスタジオを構えてファッション界で大活躍。帰国後は資生堂、サントリー、ナショナルなどの広告写真を手がけ、94年毎日広告デザイン賞最高賞を受賞しました。展示会は7月31日まで御茶ノ水、湯島聖堂近く「bauhaus」で。
成城大学4年生時より漫画雑誌『あすか』に倖野すずのペンネームで「姫様騎士’s」を連載していた野口さん。4月に角川書店から単行本になって発売されました。
漫画家になるのは小さい時からの夢。ペンネームは、在野にあって人を幸せにする漫画を描く、すずは風鈴の鈴からつけたそう。活躍を期待します!
九段高3年生時、100m自由形で夏のジュニアオリンピック第4位の成績を挙げた菅谷さん。慶應義塾大学進学後も快記録を重ね、昨9月のインカレ200m自由形で第3位(2分3秒03)。続く10月の国民体育大会200mフリーリレーでは東京代表選手として第1泳者を務め、インターナショナル記録を見事に!突破しました。
その後は、オリンピック強化選手として世界各地での強化合宿に参加し、今年4月の最終選考会に臨みました。惜しくも北京入りは逃しましたが、海の子・菊友会員にはビックなニュースです。
今は王子製紙に入社、水泳はちょっとお休み。菅谷さん、夢と感動をありがとう!
昭和39年から30年間NHKラジオ第2放送で毎週1回、盲人の時間(30分番組)の企画制作に関わるほか、番組委員会委員として44年間にわたりNHKに協力してきた田中徹二君が、NHK放送文化賞を受賞しました。今回の受賞者は俳優の渡哲也や藤村志保など6名で、3月21日、受賞式が行われました。
田中君は早稲田大学建築科にストレートで入学したのですが、不幸にも1年を経ずして両眼を失明。普通の人なら落ち込むところ意志が強く真面目な彼は、英文科に転入し、様々な不自由を乗り越えて点字で同科を卒業しました。
その後病院や東京都社会福祉センター等で働くうちに、稀なるその能力と人柄を買われて日本点字図書館にスカウトされ、現在は同館の理事長を務めています。
今後も益々お元気で、世界の盲人と交わり、ドイツ語堪能な夫人と海外旅行を楽しんだり、世界エスペラント語大会に参加したりを続けられることを祈ります。
(級友 和賀井義之)
昭和23年〜37年の間、母校で教鞭をとられた通称ガマさんこと松本定雄先生が平成19年11月9日亡くなられました。享年93歳。3人のご息女に看取られ、ご自宅での大往生でした。
熱心な教育者であられた先生を慕う者は多く、独特のゆっくりと噛んで含めるような口調は忘れ得ないものです。「平凡なことはとても重要なこと」とのさりげないお教えを、後年に深い味わいをもって思い返し社是にした者もいるほどです。
九段転出後は教育庁へ。最後はご本人の強いご希望で、情緒障害児のための全寮制「鎌倉臨海学園」園長を勤められました。ご著書『こころが満たされたとき子どもは変わる』ISBN4-7619-0409-7は、今も教育指導書として読み継がれています。
緑深い都立八王子霊園(15−4−20)に眠られた恩師のご戒名は「凡譽教導定雄禅定門」、碑文「是空」。心からのご冥福をお祈りいたします。
(菊友会)
九段中等教育学校は、公立では先進的な「学校経営評議会」を設置しています。7月、同評議会会長に高野光正氏(菊友会顧問)が就任しました。副会長は池本修一氏(日本大学教授)。評議会は、中等教育学校の教育活動を評価、検証し、経営診断、教員の顕彰、特待生の審査等を行います。
高野氏は「学校経営評議会は私立でいう理事会に相当する機関。任務は重い。九段のすばらしい伝統がきちんと継承されるよう菊友会の知恵と意見を束ねて臨みたい」と決意を語られました。
全国版で評判の九段高校「健康教育週間」。平成19年度は12月11日〜15日にわたって実施されました。菊友会先輩が助言者となる「現役生徒との異世代コミュニケーション」に続く最終日は、全都民が対象のオープン講座。養老孟司氏が「人生で一番大切なこと」について講演しました。
最新の30件より過去の記事のタイトルを表示しています。各タイトルをクリックすると詳細内容が表示されます。最新の記事はこちらから。