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3月6日(土)、千代田区立九段中等教育学校は、卒業証書授与式を行いました。第1期生として式に臨んだのは、平成18年4月、千代田区立九段中学校から編入した127人です。
従来の半数にも満たない卒業生数に対して、体育館の式場は大きすぎる空間にも思えましたが、部員100人を超える吹奏楽部が素晴らしい演奏で埋めました。
式典の中でとりわけ心をうたれたのは、送辞を読んだ体格のいい5年生男子生徒が、先輩!と呼びかけた途端に涙があふれ、止まらなくなった場面です。5年間を同じ学び舎で過ごし、また編入組同士としての特別な想いの深さでしょうか。かつて5年制を経た大先輩たちの強い絆を見るにつけ、多感な時期を一貫校で過ごす意義に感じ入りました。
卒業生は様々な進路に向かいましたが、注目に値するのは、約2割、25人が浪人を選択したことです。大学全入時代にあって「より高きをめざす」九段精神に母校の充実を見ると共に、来春の実りを期待して止みません。
菊友会は、中等1期生を迎え、市立一中・都立九段中学〜都立九段高校〜千代田区立九段中等教育学校の卒業生が集う3世代構成時代に入りました。
九段の歴史を残すメモリアルルームも
昭和を生き抜いた古校舎(1927年〜)、平成元年に建てかえられた新校舎(1989年〜)、2つの学び舎を巣立った卒業生に加え、富士見校舎で学んだ卒業生が菊友会入りしました。私達が「新校舎」と称していた九段校舎も建築後はや22年、このたび大幅な改修工事が始まりました。
改修は、中高一貫校としての教育環境に特に配慮すると同時に、老朽化した個所の全面改修も目的として衛生工事・電気工事・空調工事が中心になります。エレベーターも設置されます。
また内部のレイアウト変更により、私達の永年にわたる願望であった菊友会も活用できるメモリアルルーム(仮称)が実現する予定です。
工事期間はこの8月から約1年間。この間、校庭に仮設校舎が建てられ、3〜6学年の生徒の授業がここで行われることになります。
4月1日付けで着任されました。前職は、東京都西部学校経営支援センター支所長兼経営支援室長。日体大卒業後、中学校と都立高校で保健体育を担当。その後の行政職から18年ぶりの現場です。着任後すぐ尽性園での6学年一緒の体育祭があり、生徒達の団結力、保護者の熱気に感激されたとのこと。
生徒、保護者、千代田区、そして菊友会の期待にも応えなければと、教育活動の本格的な充実に向けての想いを、静かに語ってくださいました。54歳。
千代田区立九段中等教育学校の平成22年度第1回経営評議会が5月11日に開かれ、高野光正会長(元菊友会会長、現顧問)が退任、新会長に岡田肇氏(現菊友会会長)が選任されました。
評議会は校長の学校経営を支援するため、区立九段開校と同時に設置されました。地域、企業、PA、保護者の代表や有識者など8人で構成されています。
高野氏は九段が都から区へ移譲されるに際して移譲条件の作成に尽力され、当初から評議会のメンバーで、その会長を3年間務められました。
バトンを引き継いだ岡田氏も高野氏とともに行動され、区立九段開校の生き証人です。区立九段が都立時代の伝統を正しく継承するかどうかを見守るには適役といえます。
なお、高野氏は新たに評議会の顧問に就任されました。
4月21日、中等教育学校は前期生徒(1〜3年)にキャリア教育講演会を実施しました。この日の講師は元横浜市中区長で菊友会副会長の高井氏。講演のタイトル「3日住めばハマっ子」に、ご自身、神保町育ちながらも2代目。3代住まなければ江戸っ子と呼ばれないと、ちらり反骨魂を伺わせました。
横浜は、外から来た人は誰でも受け入れる都市、昔も今も地方自治の先駆的な役割を担ってきたとその魅力を語り、市の職員として仕事を懸命にする中で、我が夢を形にしてきたと、仕事への姿勢を力説。
最初の12年間は教育委員会で先生の人事や庶務係り。やっぱり地味です。そして19年目、都市計画局みなとみらい担当課長に。そこで初めて「役所の中にも、こんな面白い仕事があるんだ」と思ったとのこと。まだ「みなとみらい」が何もないとき、未来都市を創るアイディアを出し合い、形にするというビッグな仕事に就きました。油彩、水彩をものする高井氏にとって、大きな夢のキャンバスです。
また平成12年には、中区長に就任。ここではたくさんの人と出会い、国内外に交流を広げました。
高井氏の好きな言葉は、「邂逅」。出会った人すべてが財産と言います。
講演の最後は、生徒達をしっかりと見つめ、「求め合って刺激し合って自らを高め、柔らかい頭、幅広い視野で物事にぶつかっていって欲しい。可能性を信じてやり遂げることが大事」と結びました。
一星会員(天文部同窓会)では、現在5人の天文系 研究者が活躍しています。自慢です。
同期の西泉氏・核化学者もそのひとりです。滞米33年、カリフォルニア大学バークレー校宇宙科学研究所に在籍し、月の石や隕石を分析して、宇宙線が起こした核反応による超極微量の放射能を計測、太陽系物質の歴史・宇宙線の永年変化を探っています。
研究所での繊細な作業だけでなく、南極アメリカ観測隊に参加し、標高2000mの6週間にわたる氷上テント生活で、300個以上の隕石を採集する厳しい生活も体験したそうです。彼の様々な研究業績を讃えて、発見者から(4898)Nishiizumiと名付けられた小惑星もあり、なんとも羨ましい。
高校時代の第一印象は綺麗好き。観測で学校に初泊りの日、彼だけが真っ白なシーツと枕カバーで、部室備品の畳や毛布等を手早く整えた姿を鮮やかに記憶しています。
同期で集まると若々しさが際立つ彼、近年の楽しみは、日本での学会・会議の合間の秘湯巡りとのこと。綺麗好きに逞しさも加わる西泉氏の一層の活躍と、中等教育学校での講演を期待しています。
なお、岳父も中10回の二世代菊友会員です。
(級友・藤代興里)
九段中等教育学校、第2回のクロスカントリーレースが、2月16日(火)に尽性園で開催されました。当日は、かなり冷え込む中、前日の雨でグランドがぬかるんでいたため、15年生の全学年とも6kmのコースに変更されました。
学校経営評議委員で、マラソンランナーの谷川真理さんが、この日のために駆けつけてくださり、開会式で生徒達へ励ましの言葉と、走り方のコツをアドバイスしてくださいました。式後、多摩川河川敷で、谷川さんの号砲と共に、元気いっぱい、ゴールを目指して、寒風の中を走り抜きました。
優勝は1・2年生の部が1年3組、3・4・5年生の部が4年4組。各4グループ、ベスト10入賞者計40人には、赤司理事長から、菊友会寄贈のメダルが一人ひとりに掛けられ、その健闘が讃えられました。
1年生から5年生まで、寒い中、みんな一生懸命走る姿に、九段のクロカンの伝統を垣間見ることが出来た1日でした。
さわやかに晴れ渡った5月15日、尽性園グランドで体育祭が開催されました。赤の『炎煌団』と青の『静澪団』の両チームによる応援合戦が盛り上がる中、1年6年生全員による白熱した競技が、繰り広げられました。中でも6年制ならではの兄弟学年(1・4年、2・5年、3・6年)のリレーや綱引きは、見応え充分。互いに声をかけあい一致団結して、元気一杯、協力しているひたむきな姿が、兄弟姉妹のようで、ほのぼのとしていました。年齢差を生かしたプログラムは、従来の3年制では実現しにくいひと味違ったものでした。
僅差で炎煌団が優勝しましたが、実行委員会を中心に一人ひとりの生徒が、ひとつの目的に向かって全力を出し切り、頑張った体育祭でした。
また、遠くにもかかわらずたくさんの保護者が参観されたのも印象的でした。
母校卓球部が1997年に消滅し、長い時間が経過していましたが、中高一貫校化に伴い、新たな“九段卓球部”が誕生しました。我々の悲願でありました“伝統ある卓球部の復活”が実現した訳で、真にありがたく思っております。我々のOB会活動の目的も、「OB間の親睦」以外の、もう一本の柱である「現役指導・援助」を復活させることとなります。
昨年から、0B有志が母校卓球部の練習に参加(頻度は未だ少ない)する様になり、今年の菊球会正月大会(例年1月に卓球大会を開催)には現役部員も参加し、年の離れた0Bと共に白球を追いました。現役は中学1年から高校1年までの若手部員が主体なので、卓球の技術レベルは未だ未だで、これから上達すると思います。我々OBが効果的な指導ができれば、一層将来が楽しみとなります。
かつては、現役指導は大学生OBを中心に行なっておりましたが、当会は新入会員が絶えて久しいため、元気な中高年世代に期待し、現役との交流を深めていく積りです。
(鈴木秀一・高18)
2010年4月24日、九段中等教育学校初の天文部の活動が行われた。僕らにとっては『復活』でも、生徒にとっては新しい部活なので、集まった29名の生徒の表情は不安と期待が入り混じったように見えた。もしくは、そんな表情をしていたのは、復活を心待ちにしていた自分かもしれない。
最初の天文部の活動なので、昔の天文部の活動や、今後の活動で何ができるかを紹介し、同日に行われたOB会(一星会)総会へ簡単にお披露目に行き、夕方には昨年10月から数えて7回目となる九段での観望会を行った。
これまでの経験もあり、ほとんどの生徒は小望遠鏡を使いこなしていた。その光景は、僕らの知らない『6年間の天文部』が誕生したと思える瞬間だった。
(日下部展彦・高51)
5月22日、小学生天体観望会に行ってきました。夜の観望なので親同伴、学校のHPの小さな、わずか1週間程の記事に27人もの応募がありました。生徒が地域の子供に星を観せる・・・一星会の夢が走り出しました。
この夜はあいにくの薄曇り。月が何とか見えて、よかった。
次は夏の合宿、秋の文化祭と生徒部員の希望はどんどん膨らんでいる様子です。一星会では、それらの実現に応えるべく意見交換メールが飛び交っています。
(藤代興里・高18)
母校85年の伝統ある教育活動の姿を、都立九段高校が閉校の節目に編纂した貴重な1冊です。
【85年の九段沿革史】
社会事象が併記されていて、往時が再認識できます。
【教師の在籍年数一覧】
創立からの全教師の在籍期間が一目でわかる労作。
【校舎、行事の写真】
懐かしい!の一言。
【座談会】
中7から高9回の卒業生が、九段教育の素晴らしさを異口同音に語っています。
【初代校長】
米津千之氏(中2)が伯父・成田千里の教育に掛けた生涯を語りました。
【校舎惜別】
直木賞作家・泡坂妻夫氏が併設九段中の頃を彷彿と綴った小説の一部を収録しています。
ご希望の方に頒布いたします。
価格1500円(送料無料)
郵便振替でお送りください。
口座名:菊友会
口座番号:00150-7-504525
九段中等教育学校図書室の「卒業生の著作コーナー」にご寄贈いただきました。心からお礼申し上げます。(敬称略)
舛田辰郎(恩師)著
『菅江真澄の旅・二十年』昭和28〜42年、化学をお教えいただきました。
退職後からの真澄研究を、古希記念に518ページの大書に編纂、自費出版されました。
末 博光(中13)編
『現代神田川流域民族誌』NPO法人小石川後楽園庭園保存会刊

山本勝美(高9)著
『自宅で親を看取る知恵』朝日新聞出版
多くの人が直面するようになった介護。著者は父の老後に関わってきた介護制度や施設の利用勝手を詳細に記録しました。父の想い、家族の判断、互いの心と現実が悩ましく立ち現れる記述は、介護中の人のより処となるでしょう。看取りのために尽くせる選択肢も参考になります。
写真:85_5_3
倖野すず(野口亜希穂・高55)著
『極嬢★飴色デイズ』角川書店
菊友会は、卒業生やOB会の著作品を母校に寄贈し、図書室に保管・閲覧、永く保存していただく事業を行っています。
お手持ちの関係図書をご寄贈ください。古い本も大歓迎です。
平成21年の至大荘懇親会は8月最後の土日、29・30日に開催、69人が参加しました。
1日目
ゴルフ
朝から勝浦東急ゴルフコースで、24人が新ペリア方式でプレーを楽しみました。当日は今夏一?の猛暑。体力勝負かと思いきやベスグロ、シニアベスグロとも三井貞義氏(高7)に奪われました。年間80ラウンド超をこなすタフさに脱帽です。優勝は鈴木實氏(高17)、2位・三井氏、3位・井上良夫氏(高17)。
テニス会
月1回、尽性園でテニスを楽しんでいる仲間9人が、1時に勝浦東急サニーパークテニスコートに集まりました。炎天下にも時折海風がここちよいオムニコートでの打ち合いに、大満足でした。
懇親会
夜6時、全員養気閣に集合。大勢で食べる食事のにぎやかで、おいしいこと。初参加の方からは、同窓というだけでこんなに親しい時間がもてるなんて、と感激の声も。
食後にライブ。高15回生の金澤明彦氏(ウクレレ)と渡辺俊之氏(ジャミセン)がデュエットで会場を盛り上げてくれました。
その後は恒例のビンゴゲーム。もう、わいわいがやがや、愉快な騒ぎが続きました。
花火会
懇親会の後は恒例の花火大会。星も風もなく絶好の闇夜。大人も童心に帰って楽しみました。
歌声喫茶
夜9時から、乾宣太郎氏(高13)のギター&ハーモニカ演奏があって、名曲の調べに酔いしれました。皆の合唱の伴奏もしていただき、大盛り上がり。歌姫の独唱、酔人のかっぽれ、懐かしのフォークダンスと飛び出し、2時間後、ついにドクターストップ(蛍の光)。この間、ギターとハーモニカをずっと演奏してくださった乾さん、本当に感謝です。
2日目
朝のラジオ体操
何十年経ても憶えているから不思議。第一から第二へと、体を動かしているうちに若さが戻った気分です。この後の朝のおにぎりとアサリの味噌汁のおいしさは格別!
スイカ割り
ちびっ子たちのために大きなスイカを5個用意。空模様をにらみ雨の間隙を縫って実施しました。砂に足指を埋めつつ、そろりそろりと、3メートル先のスイカを一撃。見事に命中した時の歓声と、外れた時のため息が交錯し、夢中で楽しみました。
バーベキュー
しょぼつく雨のため、食材を厨房で焼いてもらって、養気閣でいただきました。スイカ割のスイカも美味しく食べました。
これで解散。三々五々と帰路に。前日深夜に及んだ各部屋での宴会の余韻も残り、タイムスリップした至大荘空間から去りがたいグループも。
「65歳にもなって、あのころと同じ気持ちで楽しめたなんて、すごい感激。卒業以来の海なのに泳げたことも、すごい嬉しさ」「参加ごとに5年ずつ気持ちが伸びるよう」―至大荘の記憶は、九段生の宝物です。
19校、校歌を歌う
10月4日(日)、午後1時から日比谷公会堂で、東京校歌祭が行われました。この催事は、旧制中学を母体に持つ各高校同窓生が集い、校歌、応援歌を歌うもの。17年目の今回は東大、一橋大の特別参加を含めて19校が出演しました。
ブラバンが共演!
九段の出番は3番目。今回は数年来の念願がかなって、中等教育学校吹奏楽部生徒20人の協力があり、当日会場に集まった卒業生は前年に倍する38人になりました。
若手登場のハプニング
また、出場前にもうれしいハプニングがありました。秋晴れの空の下、ブラスバンドが練習する音色を聞きつけて、日比谷公園にいた内掘早絵さん(高61)、増原亜沙子さん(高60)、渡邊藍さん(高60)が「なに、これ、どうして九段の校歌が」と、とんで来てくれたのです。
もう一人、音を聞きつけて駆けつけた高橋美穂さん(高51)は、暮から青年海外協力隊で2年間ケニアに行くとのこと。よい思い出と舞台に飛び入り参加しました。
若い4人の登場で、前哨戦から盛り上がりました。
歌いました 泣けました
本番は上の写真の通りです。参加者全員が想いをこめて校歌、至大荘歌を歌い上げました。
「胸にじんと染み入ってきた」「やっぱり校歌はブラスがあってこそ」「感激の涙で歌詞カードが見えなかった」「病後の元気を得た」等々、高揚した気分で2次会の交流もはずみました。
いっぱいの支援に感謝
昼食お預けで出演してくれたブラスバンドの皆さん、休日にもかかわらず生徒を引率してくださった高橋先生、会田先生、またご寄付をくださった大勢の皆さん、九段カラーのネッカチーフ40枚を縫ってくれた仲間、おかげ様で最高の校歌祭になりました。
皆さん、一緒に歌いましょう
次回は平成22年10月2日(土)です。参加費は無料。音程、声質不問。卒業生ならだれでも参加できます(詳細次号)。
校歌を、日比谷公会堂で高らかに歌う秋の一時を、ぜひご一緒しましょう。
先輩から後輩へ 伝統継承
中等教育学校の開校以来、毎年行ってきた伝統継承HR。4回目となる今回はテキストを一新し、7月1日、中等教育学校1年生160人を対象に実施しました。
眠たい午後時間に気を引くには?
テキスト作りの段階では、12歳の関心は? 何をもって伝統というなどを話し合い、豊かなこころをテーマに、一中創生期と至大荘を中心に講座をまとめました。
生徒たちの豊かな感性
後日、生徒たちから感想が寄せられました。「伝統とはこころの豊かさ。こころの中に光輝いているもの。伝統の意味や大切さがわかった」「昔の校舎の写真を見て、今も面影があると思った。独特な雰囲気も引き継がれているように感じられた。伝統は、人や学校の表情を表しているようでいいなと思いました」等々、うれしい反応でした。
校史・校歌・校章には大発見があったようです。「歴史のある学校だと驚いた」「かつては男子校と知って驚いた」「すごく有名な人が校歌を作ったことが分ってうれしい」「デザインが変らず続いている校章を誇らしく感じた」「旧校舎は国会議事堂みたいにかっこいい」「壊すなんて残念」。
至大荘については、心と体の鍛錬の場であることを知って、おおいに興味を募らせた様子。遠泳に不安や憂鬱を感じていた生徒たちも、4年生のその日が楽しみなったと書いてくれました。
一年の担任は倫社の菊川忠夫先生だった。少し頭の禿げた、見るからに人の良さそうな先生だった。生徒たちは例によって菊川、菊川と呼び捨てにしていたが、心の底では親しみと敬意とを抱いていたようだ。
先生の幼いお子さんに先天性の心臓疾患があり、母にそのことを話したことがあった。心を動かされた母は、何かお見舞いをしたらしい。先生はいたく感動され、小生に御労作の『J・S・ミル』をくださった。献辞には「学友」の一語があった。小生はそれを拝読してまた感動を与えられた。正しく感動の連鎖である。本は今も大切にとってある。
三根功治(高22) 【投稿】
2009年10月21日夕刻、九段校舎屋上に生徒たちの声が響いた。その声は、日没直後という時間帯も手伝ってか、普段入ることができない屋上という未知の領域に踏み込んだ興奮めいた響きだった。
ガリレオが初めて望遠鏡で天体観測を行ってから400年となる今年、世界天文年としてさまざまな天文イベントが行われている。九段天文部も何とか復活させたいと願うそんな折、九段中等教育学校の理科の先生から、「地域の方むけに学校の望遠鏡を用いた観望会をしたいので、ドームの望遠鏡の使い方を教えて欲しい」との依頼が舞い込む。僕らはすぐ、観望会の際に手伝ってくれる生徒を対象に「第0回観望会」として、ミニ観望会を開催した。
まず教室で簡単な解説。その後、屋上へ移動し、小型望遠鏡とドームの望遠鏡による木星の観望会。冒頭の歓声がわき上がる。屋上に出たときに、「天文部作りますっ」と宣言してくれた生徒がいたのは心強かった。小型望遠鏡での木星の導入体験や、ドームの巨大な望遠鏡を用いた観望、東京の真ん中で木星の縞模様や衛星が見える事実は刺激的だったらしく、望遠鏡を覗いた生徒の口々から感嘆の声がもれた。
将来的には、九段の天文部の生徒が観望会を運営し、天文部の生徒に星を見せてもらった小学生が九段に入り、また地域の小学生に星を見せて・・・こんなサイクルの実現を願って止まない。
テーラーの家に生まれた奥山さん。家業を継ぐことへの抵抗から、寄り道はするものの、やがて三越・洋服部に就職しました。当時の三越は日本テーラーメイドの発展を牽引する名門。100人を超す裁断、縫製職人が腕を競う超一流のクラフトマンの集まりです。
昭和50年、昭和天皇の訪米が決まった時、天皇の服装革命の任に、奥山さんは単独で専任デザイナーに抜擢されました。
「日本を代表する方の姿を如何に美しく見せるか、どのようにしてその徳と威厳にふさわしい洋服をお作りするか、培ってきた洋服哲学、技術、センスの全てを投入し、更に研鑽を積んだ」と述懐します。その時、天皇74歳。上胴99p、下胴96p、かなりウエスト周りがあり準肥満体であったそうです。
以降も専任は続き、崩御まで14年間、14回のお仮縫いと78着のスーツ、15着のジャケット、コートなどを制作しました。
その貴重な体験を『陛下のお仮縫い―昭和天皇・洋服デザイナーの回想』(世界日報社)として出版。著書の中で、陛下がスーツはシングル、三つ揃い、英国の基本スタイルにこだわったことなど、昭和天皇のダンディズムを偲んでいます。
下記の本を母校の図書室に届けました。ご寄贈に心からお礼申し上げます。
奥山孝夫氏(高4)著
陛下のお仮縫い−昭和天皇・洋服デザイナーの回想(世界日報社) 寄贈:末博光(中13)
なんだ寛太・田辺安広氏(高5)著
遊楽帖/裏口入学怪聞/三怪奇
三村均氏(高6)訳
教育−創造への営み G・ハイエット著(創栄出版)
熱田陽子氏(高24)編集
野菜でパパッとおつな味/野菜たっぷり元気スープ(各・集英社)
宮崎正勝氏(高12)著
ザビエルの海−ポルトガル「海の帝国」と日本(原書房)/黄金の島ジパング伝説(吉川弘文館)/知っておきたい「食」の世界史(角川ソフィア文庫)/知っておきたい「酒」の世界史(角川文庫) 寄贈:平松正子(高12)
私たちは、昭和12年春、第一東京市立中学校に入学しました。小坂君とは同じ小学校の卒業生でしたが、このとき初めて出会った50人のクラスメートとは、卒業までの5年間、同じクラスに在籍し、お互いのきずなを深めました。さらに卒業後も、小坂君は私たちのクラス会を強力に運営し、クラスのきずなを強固なものにしてくれました。
私たちの中学時代は、入学した夏にはシナ事変が始まり、卒業する前年の暮れには大東亜戦争が始まるという、今までに経験したこともないような戦争と激動の時代でした。もちろん多くの学友たちと同様に、彼も大学の学業半ばにして入隊し、九十九里浜付近に兵士として配備されておられたと聞いています。
彼は心から一中を愛し、菊友会に対しても労を惜しまずに奮闘され、至大荘の寮歌「波どうどうと磯を打ち・・・」の歌詞にあるように、まさに「第一健男子」その人でありました。

3月14日(土)、九段高校85年の歴史に幕を閉じる様々な閉校記念行事が、卒業式を入れて延べ10時間にわたり、厳粛かつ感動的に執り行われました。
278人の巣立ちと閉校式典
午前10時からは、一中・都立九段中・都立九段高校卒業生2万4千余人の最後となる高61回生、278人の卒業証書授与式が行われました。卒業生は、至大荘、体育祭、文化祭など実り多い3年間をかみしめるかのように緊張した面持ちで、卒業証書を受け取りました。
引き続く閉校式典では、卒業生を代表して桑田芳郎菊友会々長が、最後を見送る栄誉に感謝し、お別れの挨拶を述べました。圧巻は都立九段高校と区立九段中等教育学校生徒の合同演奏です。見事に息の合った演奏で、伝統継承の確かさを重厚な音楽と共に伝えてくれました。
記念碑除幕式・校舎見学会
閉校式典の後、菊友会が製作した閉校記念碑の序幕式が行われました。九段を愛する全卒業生の熱い思いを込めた127文字を記した記念碑は、校舎玄関ホールの中庭、成田千里初代校長胸像の隣に設置されました。
続く13時からの校舎見学会には、中7回から高60回までの200人が参加。8班に別れ中等教育学校生徒の案内で、高校、中等両校舎を廻りました。柔剣道場やプールでは往時の思い出を蘇えらせ、感慨も一入の様子でした。
感謝の集いに卒業生210人!
14時30分からはホテルメトロポリタンエドモントに会場を移して九段高校への「感謝の集い」が開催されました。参加者は菊友会員210人を含む350人に上り、会場のあちらこちらで九段を懐かしむ会話の輪ができ、会場は熱気に溢れました。
挨拶に立たれた高木克九段中等校長は、「伝統の重さを改めて実感し、それを引き継ぎ新たな伝統を積み重ねていくべく責任を痛感している。立派な九段とすることをお誓い申し上げます」と述べ、喝采を浴びました。その後も大勢の来賓の方々からの「感動」のスピーチが続き、九段に感謝!感謝!で幕を閉じました。
11:45 閉校式典開式
卒業生代表が「九段高校は永遠に不滅です」と叫んだ卒業式。続く式典では、九段高校と中等教育学校の生徒が見事な合同演奏で伝統と継承を証明してくれました。
12:40 サプライズ!
式典を終え、式場から退出する卒業生を待っていたのは中等の生徒たち。卒業生にはサプライズでした。
ありがとう先輩!
拍手、花束、胴上げ、
そして笑顔と涙。

12:50 閉校記念碑除幕式
中庭に設置した菊友会建立の記念碑。しのつく雨が一瞬止んで無事序幕。桑田会長が挨拶を述べ、参加した32人で高らかに校歌を歌いました。
13:00 校舎見学会
参加200人、90歳台(中7)を筆頭に70歳以上86人。ひ孫のような中等生徒の案内役のおかげで、元気に校舎を回りきりました。
柔剣道場には昔のままの額。先生の説明に聞き入り、いつしかタイムスリップして頬も紅潮気味。畳の感触を確かめるようにぴょんぴょんはねてみる人も。

14:30 感謝の集い
総勢350人。同窓の思いも深く、集まった菊友会員は210人!
あちらこちらに仲間の輪。アトラクションタイムには高15回生のジャズ演奏も。


寄稿 有感都立九段高校閉校式
立志敲門貮萬餘 志を立て門を敲きし 2万余人
春遊秋學又親書 春に遊び秋に学び また書に親しむ
雄飛世界掲名實 世界に雄飛して 名実を掲ぐ
永遠誰忘九段譽 永遠なれ 誰か忘れじの九段
學書至大似尋眞 書を学んで大に至は 真を尋ねるに似て
盡性當知徳有隣 性を尽くすは まさに徳の隣に有ると知るべし
雖短八旬三代歴 短かりしといえども八旬 三代の歴史
校歌高嘯尚青春 校歌高嘯すれば なお青春
(礒野衞孝・高3)
5月16日、6学年がそろった初の体育祭が行われました。センカ団、リュウオウ団というチーム名を初め、華やかな援舞・チアリーディング、名物の応援合戦、また生徒の自主企画運営と、見事に伝統が引き継がれています。
体育祭らしく、一つ一つの競技に懸命に取り組む姿に、訪れた新卒業生らは「九段に戻りたい!」と感激。在校生からは、「先輩たちのように涙をこぼして校歌を歌える学校を目指す」と、うれしい言葉が飛び出しました。
2月19日(木)、九段中等学校初の、第1回クロスカントリーレースが尽性園で開催されました。1・2年生グループは、男女ともに6km、3・4・5年生グループは、女子7km、男子9km。全力で多摩川遊歩道を走り抜けました。
各グループのベスト10入賞者40名一人ひとりの胸には、高橋理事長の手から菊友会寄贈のメダルが掛けられ、そのファイトを讃えました。
遊泳助手のなり手に黄信号!昨今、大学の期末試験と至大荘日程が重なるためなのです。しかし、今年も集まりました。亭長を買って出たのは助手6年目になる斉藤美穂さん(高55)。新人(大学1年生)は5人、OB(社会人)も10人近く。5月から3月間、毎日曜日に九段のプールで厳しい訓練を積んでいます。
見学に行った6月7日も鋭い声が校舎の外まで聞こえてきました。この日は10時半から講義、11時半から3時半まで「泳力の無い生徒への処し方」をテーマに隊列演習。集中力がない、パニック、疲労、体調不良…生徒のさまざまな状況を想定して、隊列に戻すための指導の方法と正しい判断力を磨く厳しい訓練でした。
伝統継承という「無形」のもののために、長い時間と厳しい労力を惜しまない若い仲間たちの本番(8月3日〜7日)を、皆さんぜひ見てあげてください。
限定 200部
1500円(送料込)
A5判 200ページ
都立から区立に移行する節目に、母校85年の伝統ある教育活動の姿が1冊の本に編纂されました。一中時代からの沿革史、教職員在職期間一覧、校舎や行事の写真、卒業生の寄稿、座談会、また直木賞作家・泡坂妻夫氏が旧校舎への想いを記した「校舎惜別」等、充実した内容です。母校を再発見し、青春を懐かしむ貴重な記念誌をぜひお手許に!
購入を希望される方はお早めに、菊友会事務局までご連絡ください。
一星会(天文部OB会)では、1984年『天文部50年誌』、98年『新ドーム・新望遠鏡再建記念誌』に続き、本年3月『天文部80年・部室物語』を刊行することができました。この三部作は、総ページ数630ページに及ぶものであり、500余名の一星会会員をはじめとする関係各位のご協力により完成できたものと深く感謝をしております。
今回の記念誌は、02年秋の発案から完成まで足掛け7年の歳月を要しました。内容は、観測と合宿の記録/手記/小論/追憶インタビュー/天文部遊び考/天文部部室変遷史/わたしの部室物語/年表/など、天文部部室に結集した様々な人間模様を浮彫りにした構成となっております。原稿や写真をデジタル化し編集ソフトを駆使して、我々自らの手で編集作業を行いました。編集の自由度が増した反面、そのエネルギーは前2作に比べて格段に増加しましたが、出来映えは高い評価をいただいております。
折しも、今年は世界天文年に当たり、また母校都立九段高校の歴史と伝統が千代田区立九段中等教育学校へと継承された記念すべき年に当たり、感慨深く思っております。閉校記念式典当日の夜には一星会総会と出版記念会を開催し、中等学校における天文部継続のための新たな活動も開始いたしました。
頒布に関する問合せ先
事務局長・藤岡宇太郎(高18)
連絡先の詳細は83号菊友会報をご覧下さるか菊友会事務局までお尋ねください。
(一星会副会長 真柄好文・高22)
九段中等図書室「卒業生の著作品コーナー」に、新たに10冊が加わりました。ご寄贈に、心からお礼申し上げます。(敬称略)
柳沼重剛(中16)
ギリシャ・ローマ古代知識人群像(岩波書店・同時代ライブラリー)/プルタルコス訳書・エジプト神イシスとオリシスの伝説について(岩波文庫)/プルタルコス訳書・似て非なる友について他三篇(岩波文庫)/プルタルコス訳書・食卓歓談集(岩波文庫)―光枝夫人(高4)からご寄贈です。
田久保忠衛(高3)
アメリカの戦争(恒文社21)
関根 寛(高30)
啓コ懐想(TOKIMEKIパブリッシング)―香港国際空港の歴史と魅力を紡いだメモリアル・ストーリー
大野 崇(高32)
写真集・ Massif du Mont-Blanc(山と渓谷社)―壮麗モン・ブラン山群
齊藤 栄(高33)
まちづくりから日本を変える―元官僚が挑戦する「新まちづくり論」(海南書房)
伊藤祥子(高49)
蒼天―伊藤太一郎生涯(映文社印刷)―太一郎先生は昭和27〜36年、国語を教えてくださいました。
一星会(天文部OB会)
宇宙―天文部80年記念誌
菊友会では、卒業生やOB会の著作品を母校に寄贈し、図書室に保管・閲覧、永く保存していただく事業を行っています。関係図書をぜひご寄贈ください。
4月22日、中等1・2・3年生約450人に「出会いを大切に!」と約1時間、10年ごとに華麗な転身を遂げてきた稲坂氏が講演を行った。
まず中1の最初の国語の授業。「教科書は自分で読めば良い。教室では聞く・話す・書くが大切」と言われた恩師との出会い。氏はそれを実践する。そして高校では図書館で大正・昭和の書物を引っ張り出して読んだ「書籍との出会い」。大学では2000人もの応募を突破して文学座研究生となるが、ここで考えたのは「他者とは違う自分を印象づける出会い方」だった。その後、20代前半で俳優、後半は子ども劇の脚本家。30代で花形CMディレクター。40代では広告業界団体役員も務めた。そして50代、香道の専門家に。そのいずれもが「人、チャンスとの出会い」だったと言う。現在は、香十の社長として日本の伝統文化・香道を世界に発信する。
心のアンテナを広げて、色々なことに興味を持ち感性を磨こう。NOと言わずに受け入れてみよう――10代の心に届くように、熱く「生き方」を語った。
昨年1月16日、46歳で逝去した下山君は、高校時代からの希望だった考古学に生涯情熱的に取り組んでいた。鹿児島県指宿市教育委員会に奉職後は、日本のポンペイと称される橋牟礼川遺跡の調査をはじめ、数多くの貴重な埋蔵文化財の調査・研究、それらの保護・普及、また、史跡整備や博物館建設等の多くの事業を推進。博士号もとり、これからの仕事を山ほど残しながら、逝ってしまった。
一家の大黒柱だった下山君の死を悼み、遺族を励まし、特に遺児2人の成長の一助にと関係者で相諮り、育英基金、また遺稿論文・追悼文集の刊行が企画されている。同期・同窓の皆様、ぜひご賛同・ご援助いただければ幸いです。
募金1口1000円 (何口でも)論文・追悼文集1部3000円(送料込み)
※通信欄に「論文・追悼文集希望」と明記。後日、郵送される。送金は、郵便振替で。
口座番号 01750-5-120261
口座名称 下山覚君遺児育英基金事務局
問合せ先 指宿市考古博物館
Tel 0993-23-5100/Fax 23-5000
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