
興津の船頭さん達の協力なくして至大荘行事なし。何十年も船頭を務めてくれている佐々間福松さん、苅木孝一さん、野村弥さん、野村保之さん、高梨政雄さんと至大荘管理人の鈴木恵子さんにお集まりいただきました。
●長い年月、色々あったな。
●昔は12、13の子どもでな、夏冬来てた。冬なんか5時半ころから寒中水泳。3時から赤白に分かれて砂浜で騎馬戦。負けるとくやしがって涙なんか流してたな。夏には父兄が来て、海の中で宝探し。番号札を沈めて。
●終戦の時は至大荘あたりに陸軍が300人くらいいたな。浜の方に人間魚雷の船を隠しとく穴、いっぱいあるでしょ。あれは海軍が24時間体制で掘った穴。至大荘の周りにある穴は全部戦争の時のものだよ。
●湯野先生が幅利かせてたころは、先生方みんなぴりぴりしてたな。体大きいもの。竹刀もって、こう、威張って。
●春には剣道部と陸上部が合宿。
●九段高校は厳しいよ。沈む間際まで泳がされる。ハラハラするよ。引き上げて船に乗っけて、息吹き返すとまた泳がせる。おら、そんな可愛そうなことできないって、1年で止めちゃった船頭もいたな。
●水温が21、22℃だと落伍者でないけど、18℃の時もあった。それで2時間も泳ぐなんてつらいよ。浜に薪持っていって火たいて体温めさせて。いきなり風呂に飛び込ませないようにさ。甘酒もあった。
●薪燃してると、浜で待ってる子が寒いもんだから、そろそろって近づいて来る。ビンタがすっとんできてね。厳しいよ。
●今は至れり尽くせり。ちょっとおかしいとすぐ引き上げる。船も15くらい判走するし。
●いや、今だって点呼とるとき、声が小さい!何んて怒られてるよ。でもさ、泳ぎきった時の思い出、一生忘れられないよ。
●だから、その日の朝になって落とされた子は、もう涙、涙。
●遠泳の時は必ず海上保安庁の艦が来る。私らもこぐ。2時間1.5q行程。早い時は1時間半くらい。でもこのごろかなり近く廻るようになったな。前は大きく廻って勝浦の沖の方まで行ったんだから。
●落伍者は引き上げても、また海に降ろす。そのまま浜に連れて行くとかっこ悪くなるし。途中で泳ぐかって言うと、うん、て言うね。
●助手はすごいね。漁師だってあれだけ泳げないよ。至大荘では、助手は駆けてるか海の中。大勢の勢いかね。
●沖船の訓練はかわいそうですよ。1日の一番最後で暗くなっちゃう。一度なんかもやがかかっちゃって、電気で照らしても暗くて見えない。太鼓の音でやったこともがありましたよ。
●飛び込みの時もお手伝いしました。犬ヶ崎んとこは、波で岩の下へとドーンと送り込まれやしないかという不安がある。
●土地の人間だって先端に立つとぞーっとするもの、あすこは。
●10年くらい前か、1人の子が躊躇して躊躇して飛び込むまで30分くらいかかってた。やるまで止めさせないからね。
●1回、バケツで汲んで水浴びるんだけどね。でも遠泳は選ばれた人だけど、あれ全員でしょ。いちばんの思い出になるんじゃないかな。真剣だもの。
●生徒たちは浜に居る間は、波どうどうを歌ってる。ここらの人はみんな歌えるな。タクシー乗ったら運転手が歌ったってびっくりしてた。
●おれ、最近、脳の軟化が先行してるから覚えられない。
●子どものときから聞いてるから追っかけられるよ。
●でもよ、みんな後継者いないから、どうするかだよ。
●10年たったら。84、85。そこまでいけたらよっぽどの人間だ。
●おれは今、77だから(笑)。