
菊友会大会で講師を務めた中西氏は20歳で東光展に入選。東急設計コンサルタント入社後も絵を描き続け、44歳、現代洋画精鋭選抜展金賞受賞を機に、個展「哀愁のパリ」で画壇にデビューしました。詩情豊かなヨーロッパの街並みを描いて、画商「一枚の繪」のスター画家に。徐々に絵の収入が給料を越え始めたそう。
そんな中、95年に阪神大震災に遭遇。00年には会社を辞めて画業一本となり、サラエボ、チェルノブイリ、アウシュビッツなどを巡って「廃墟」をテーマに風化した建造物を描き始めます。国際的な視野で戦争の罪悪を問う大作は、00年と05年に日展で特選を受賞しました。
その後、更に腕を磨くためにフランス国立美術学校に留学。パリ、モンマルトルの生前のゴッホの部屋を住居兼アトリエとして借り、制作、研鑽に励みました。
08年には画商から独立。「戦争はいかなるものでも悪である」と、画家の旗幟を鮮明にします。これからも絵の技量だけでなく、人間を磨いていく努力をしたいと結ばれました。在学中は男子バレー部。
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