
大相撲の国際化
私が初めて大相撲放送に関ったのは昭和47年名古屋場所、この場所ハワイ出身高見山が外国人として初めて幕内優勝。大相撲の歴史の中で記念すべき画期的な場所でした。表彰式に届いたニクソン大統領からの祝電に涙した光景が記憶に残っています。高見山が日本に来たのは昭和39年、食べ物も風俗習慣も違う日本で大変苦労して横綱、大関も作れなかった大記録、幕内出場回数1,430回、幕内在位場所数97場所、いずれも史上第一位の記録を残しました。高見山の活躍に憧れて、小錦、曙、武蔵丸というハワイ出身の巨漢力士が活躍します。曙が横綱昇進の時「東関親方が切り開いて、小錦関がつけてくれた道を自分はただ歩いただけです」と言った謙虚な言葉の中に先駆者高見山の偉大さを感じます。現在ではモンゴル勢やヨーロッパ勢が進出して大相撲の国際化と盛んに言われています。
平成19年の秋場所番付でその状況をみると十両以上の関取70名のうち外国人力士は史上最多の6ヵ国19名、3名に1人は外国出身の関取です。
平成14年2月から外国人は1部屋に1人ということになりましたが、幕下以下には素質に恵まれた外国人が多いので、しばらくは外国人関取が増えていくと思います。まあ、日本の若い力士もそうなのですが、特に外国から来た力士達には勝負だけでなく文化的な面も色々と学んで欲しいと思います。
相撲番付による階級制
大相撲が他のスポーツと違う点は、番付による階級制で、一番下から、序の口、序二段、三段目、幕下、十両、幕内、三役、大関、横綱となっているところです。十両に昇進すると関取と呼ばれ、ちょんまげから大銀杏になり、木綿のまわしから絹のしめこみに変わります。給料が出て個室が与えられ、付け人がつき、化粧まわしをつけて土俵入りをします。幕下とは雲泥の差です。
毎場所千秋楽の3日後に番付編成会議が開かれて次の場所の番付が決まります。階級が上がっていくに従って四股名も大きくなっていくので力士達は自分の四股名の字を大きくすることを目標にしています。これは平成19年秋場所の番付ですが、ここには723名の力士の四股名だけではなく、親方、行司、若者頭、世話人、十両以上の呼出、といった関係者全員の名前が書き込まれています。実際には元書きといって4倍のものを書きます。今は式守勘太夫さん書いていますが次の九州場所からは木村恵之助さんに代わります。30代木村庄之助さんは木村容堂時代に15年間番付書きを担当しました。6、7本の筆を使い分け10日間徹夜の作業で終ると手首が腱鞘炎になったと言っていました。
巴戦による優勝決定戦
特別印象に残っている取り組みをご紹介しましょう。平成5年名古屋場所、横綱・曙、大関・貴乃花、関脇・若乃花の3人は千秋楽の取組終了時点でともに13勝2敗で並びました。巴戦による優勝決定戦で若貴の兄弟対決を期待して、テレビの瞬間最高視聴率は66.7%という史上最高を記録しました。勝負は曙が若貴を続けて破り優勝、横綱の面目を保ちました。この3人は昭和63年春、初土俵の同期生です。ライバル同志の競い合いが大相撲の面白さを伝えていくのだと思います。
このところ大相撲は不祥事が続きました。1年の最後を締めくくる九州場所、明るい話題を提供してもらいたいものです。