
平成17年度の至大荘懇親会が8月28、29の両日、好天に恵まれて開催された。懇親会には4組のファミリーを含む60人以上の参加者があり、料理に歌に15歳の夏の思い出を新たにし、楽しいひとときを過ごした。
初日は正午過ぎから三々五々と参加者が集まり始め、遠泳に出発した守谷の海岸や、荒波が打ち寄せる崖に囲まれた芙蓉が浦を散策した。
守谷の海岸はシーズンが終わりかけていたが、海の家が建ち並び、海水浴客でにぎわっており、湘南の海水浴場と変わらない。駐車場には地元だけでなく東京や神奈川ナンバーの車が並んでいる。
トンネルを抜けると至大荘だ。建物は順次建て替えられ、昔の面影はほとんどない。女生徒が多い事情を反映して風呂場も洗面所も女性用が広いのに驚く。
■夕食はカニの大ごちそう
懇親会は夕闇迫る午後6時から養気閣(食堂)で始まった。赤司久雄理事(高15)が司会、尾羽澤正敏理事長(高9)の挨拶、この日の最長老吉村光夫先輩(中15)の乾杯の音頭で開宴。
料理の目玉は高13回の飯田勝夫さんから贈られたズワイガニ30キロ。そのほかの海の幸を中心とした料理を楽しんだ。卒業回数別に自己紹介や参加した同期生の紹介、地元の産物を景品とするビンゴ大会が進行する。そのうちコップを持って移動する参加者たちで席も乱れ始め、交流が深まったところでいったん中締め。
■夜は花火、歌、激論
午後8時からは花火大会。芙蓉が浦を望む前庭で理事2人が用意した打ち上げ花火が威勢よく夜空に開いた。
この後は嶽えい寮で車座になって歌の会があり、担当理事が歌集まで用意したが、あちこちで始まった歓談が次第に熱を帯び、実際に歌ったのは数曲。世代を超えた激論が夜遅くまで続いた。数ある卒業生の行事の中で、部活動や年代の枠を超えて泊まり込む懇親の場はこの至大荘懇親会だけ。激論はその意義を再確認させられた。
■増田先生は游泳部正装で
2日目は朝7時からの朝食でスタート。おむすびとみそ汁。思い思いに勝浦の朝市や周辺を散策した後、9時から増田三郎先生による講演会。先生は昭和38年に九段高校に着任、体育を教えられ、44年から58年までは游泳部長として至大荘行事を担当された。その後は他校に転出されたが、定年後は強く希望され、再び九段高校で嘱託として勤務されている。
増田先生は「昭和39年は水温が18度程度しかなく、太っている生徒だけが遠泳に参加した。寒さで次々に脱落者が出て、65人のうち完泳したのは15人。全員が女生徒だった」、「44年に学園紛争があり、職員室が生徒に封鎖されたりしたが、至大荘行事中止を求める声はなかった」など、エピソードをまじえながら至大荘行事の今昔を話された。
講演の後、戦後、至大荘行事の復活に尽力された湯野正憲先生が作られ、歴代の游泳部長によって歌い継がれてきた「あ丶至大荘」を披露された。「葎の雫踏み分けて/渺々のぞむ尾貫山/血潮果てなく火と燃えて/怒濤に耐ゆる芙蓉が浦/人来り人去れど/歴史は古し至大荘」こんな内容だ。
最後は恒例のバーベキュー・パーティー。牛肉、ホタテ貝やエビ、野菜などに舌鼓を打ちながら、至大荘体験を語り合い、同窓生の連帯感が高まった。話はいつ果てることなく続いたが、正午過ぎに来年の再会を誓い合って至大荘懇親会はお開きとなった。
◆平成18年の懇親会は8月26、27日の予定です。詳細は次号でお知らせします。