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第一東京市立中学校 東京都立九段中学校 東京都立九段高等学校

最終更新日:2008年11月21日

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2007年01月01日 更新

思い出の至大荘〜冬の訓練合宿(山口愛二:中15・昭和13年入学〜18年卒業)

一日の始まりは寒中水泳(禊と言っていた)です。夜明け前の6時に打ち叩かれる太鼓で飛び起き、鵜原湾に面した運動場に集合。輪になってワッショイワッショイと掛け声を上げながら走りまわり、体が温まると、四宮校長が先頭になってワァーワァーと叫びつつ海に飛び入るのです。若い先生は寒そうにもたもた・・・しかし、ぐずぐずしてはおれません。先頭が校長ですから結局誰もが入ってしまいます。
しかし沖の方は案外温かく、間もなく海から上がり干し掛けてあるタオルで体を拭くのですが、タオルの方が凍りかけていました。時間にすればほんの30分位の事だったでしょうか。着替えて食べる温かい味噌汁は格別に美味でした。

厳寒に素裸 禊沖微温く
岸に上がれば
タオル凍て気味

戦争機運が高まる中、国を挙げての「歩け歩け」運動があり、合宿9日目は守谷湾から鴨川を経て和田浦までの海岸線往復17里(約67km)を歩くレクレーションがありました。無理と思えば途中から自由にSLに乗ることも許されていましたが、体が余り丈夫でなかったのに何故か私はT君とペアを組んで駆けるように歩き通しました。途中で何度も倒れそうになりながらもT君に励まされ、ようやく守谷湾に着いた時は日がとっぷりと暮れていました。
至大荘の前で明かりを振りかざして僕らを温かく迎えてくださったのは、生徒にパンチをよく喰らわしていたカミナリ林三郎先生です。道を照らしてくださり、干し柿をくださった。うれしかった、おいしかった思い出です。さすがに床に入ると少し熱が出ましたが、「人間は考える葦」の葦を脚に替えて学んだ事の大きさ。複雑さに難渋する今日に在っても、時に太平洋の荒波に親しんだ大自然を想い、閃くことがあります。
その後、兵学校を経て慈恵医大を選んだ私の一生が決められた中学生活でした。

潮寄す
外房歩きし十七里
守谷湾には夕凪の見ゆ

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